
副艦長のイネスにブリッジを任せ、休息の為に部屋へと向かう。
と、その途中で情報集積室でなにやら機材を操作しているトスカさんとチェルシーの姿を見つけた。
どうやらチェルシーをカメラの前に立たせ、トスカさんが彼女を撮影しているようだ。
何をしているのだろう…?
聞けば、艦内通話機用のデフォルトシノグラフィの撮影をしてると言う。こんな風に登録しておけば、自身の姿がいつでも登録した状態の画像へと自動的にモーフィング補正され、通話機に表示されるらしい。
「こんな機能があったんですね」
「ああ。寝起きやシャワーの途中なんかに通信が入ったら困っちまうだろ。こうやって登録しとけば、安心して通話機に出れるって訳さ」
「ああ。道理で――」
「道理で…なんだい?」
「いや…いつ通話しても、トスカさんってメイクバッチリだな、と――」
ボコッ
…
……
…殴られた。
モニターに表示される画像がシノグラフィだ。
今度僕のシノグラフィも撮影してみよう。
先の艦隊戦で出た戦死者の宇宙葬を終えた。
射出された遺体を納めたカプセルが、窓の外で次第に小さくなっていくのを見送りながら、ふと思う。
ロウズに住んでいた頃は、死んだ者の魂は天へと昇ってゆくのだと教えられた。
でもここには空も地面も、上下も無い。
ならばこの星の海で死んだ者の魂は、一体どこへ行くんだろう…
小さくつぶやいた僕の言葉が聞こえたのだろう、傍らで同じくカプセルを見守っていたチェルシーが、そっと囁くような声で応える。
「0Gドッグの人達の間では…宇宙で死んだ人の魂はダークマターの仲間入りをするって言われてる…」
「ダークマターに?」
「うん…。そうして宇宙を漂いながら時を待ち、新たに生まれ変わる星を探して…いつか次の生を始めるんだって」
「…へぇ…」
チェルシーの言葉に短い相槌を返すと、僕は再び船外へと目を向ける。
暗く、果てしなく広がる目前の空間。
一見、何も無いように見えるその空間にも、ダークマターは漂い続けている。
もし0Gドッグ達の言うことが、ただの気休めでは無く真実を言い当てているとしたら…今の僕達の周りには“命”が満ち溢れているのかも知れない。
そう考えると孤独に続くように思えるこの航海に、安らぎにも似た気持ちが湧き上がってくるような気がした。
宇宙葬用のカプセルだ。
とても神聖なものなんだけど間近で見るとちょっと怖く感じてしまうな。
この重力渦から離脱する方法が思いつかない…。
ただ顔を見合わせるだけの僕とトーロ、イネスの横で、トスカさんはオペレーター席のチェルシーと共にすごい勢いでタッチパネルを操作し始めた。
ややあって、二人のモニタへと浮かび上がるおびただしい数式と数字の羅列。それは彼女達のタッチの動きと同様に、一瞬たりとも止まることなく流れ続けていく。
「ユーリ、187秒後に残存のインフラトン出力を全て使ってブースト機動する。いいね?」
モニタを睨んだまま告げるトスカさんに許諾の返事を返すと、少しでもブースト機動に出力を回すため、艦内の照明を戦闘用の省電力モードへと切り替える。
続けてチェルシーへとトスカさんの指示がとんだ。
「チェルシー、カウントダウン頼む。それから重力渦の状態を計測、ブースト機動後から5秒単位で、センサーから直接取得した値をこちらに転送するんだ」
「それと出来る限り最新のチャートデータを取得、ヘリオスの公転軌道と公転速度もこちらへ」
「…了解…」
チェルシーが短く返事をしたと同時にブースト音が響き、グン、とGが掛かった。
思わずよろける体を艦長席のサイドコンソールで支え、船外へと目を向ける。
わずかに残ったインヴァイター出力で加速したアルバトロスは、さらにヘリオスへと接近しているのだろう、赤いヘリオスの渦状成層雲が不気味に迫ってきていた。
「ち…やはりこれだけじゃ加速が足りないか。ボーラの引力には勝てない…」
「トスカさん…」
「大丈夫。おねーさんに任せておきなって」
「…」
タッチパネルを操作するトスカさんの指の動きが、さらにスピードを上げる。
続いて起こる断続的な揺れは、姿勢制御スラスターがヘリオスの重力に抗い続けている証だ。
皆一様に押し黙ったまま、船体の振動が続く。
5分…
10分……
やがて――
「ユーリ、見ろ」
イネスが航海情報モニタを指さす。そこには――
「加速…している?」
すでに最期の力を絞りつくしたはずのアルバトロスの巨体は、いつしかヘリオスを背にしつつ、さらに速度を増しつつあった。
「もう大丈夫だ。この速度ならボーラの重力圏も突破できるさ」
先ほどよりだいぶ緊張の解けた様子で、しかし手を休めず小刻みな姿勢制御を繰り返しながらトスカさんが言う。
そして17分後――
彼女の言った通り、アルバトロスはこの三重星が織りなす重力渦から抜け出すことに成功したのだった――
…
……
スイングバイ――
トスカさんが後に種明かしとして教えてくれた手法の名だ。
彼女はヘリオスの公転による運動エネルギーを利用して、姿勢制御だけでアルバトロスの巨体を加速して見せたのだ。
エクシード航法が発見されて以来、とうに廃れたこの太古の技術をどうして彼女が知っていたのか…それはわからないが、真の0Gドッグとはこういう“裏技”も知っていて然るべきものらしい。
複雑な計算と繊細な姿勢制御によりそれを成功させたトスカさんは、よほど消耗したのだろう、疲れたと一言残して自室へと休憩に戻って行く。
その後ろ姿を見つめながら、僕は0Gドッグの世界の深さに改めて想いを馳せるのだった。
アルバトロスから見たポーラの三重星。
何の変哲のない景色だけれど、惑星と惑星の間には恐ろしい重力が渦巻いている。